朝日町大谷大沼 浮島


2025/06/22(日)

クリックすると大きい写真


大江町の柳川温泉付近へ行って、その帰り、久しぶりに朝日町の大谷の浮島方面へ。入口付近にこのような旗があったので、なんかあるかもしれないと行ってみることにしました。 そしてオヤジの随筆『馬の骨』に『動く島 −朝日町浮島−』(昭和53年10月22日の作品)というのがあったのを思い出しました。 小刻みにコメントとして書いておいたら、孫や曾孫などの子孫が、 本だけでは見向きもしないでしょうが、写真といっしょだと、そのうち見ることがあるかもしれないと思い作成してみました。 以下 随筆集『馬の骨』 から『動く島 −朝日町浮島−』 昭和53年10月22日の作品
今月の−日に、二十人ばかりの歌友だちと朝日町の浮島に遊んだ。左沢を過ぎる頃から、霧も晴れあがり、雲一つない秋日和になった。 一行は五台の車に分乗して、十時半頃に浮島稲荷神社に着いた。 そこからぞろぞろと神社林の中を行き、大杉の下を通りぬけると、沼の面が見えてきた。水面は、神秘をただよわせて静まりかえっていた。 「やっ、今日は島が動くぞ。きっと動く」と、私は何かの衝動にかられて言い放った。そして言ったあとで、動かなかった場合を考えてすこし後悔した。
 私はそれまで二度浮島を訪れていた。一度は島々が一斉に動き、ニ度目は全く動かなかった。 その最初の時、と言っても四十年前の少年時代の事だが、大小数十の島々が大移動をした。 その時とあたりの雰囲気も水の色も似ていた。  その時は、梅雨あがりの夏晴れの日であった。
宮宿から自転草で出かけた一行十人ばかりが、沼に着いて間もなく、右岸にあった数十の島が動き出し、ものの三十分とかからないで、二百bは離れているであろう左岸に着いたのである。 二つ三つ途中の岸にひっかかった島もあったが、大部分は中央部を悠々と動き、ポート・レースを見る感があった。  二度目はごく最近のことで、この時は途中から悪天候になり、沼に着いた時は、雨が降っていた。風はないが水の色が平凡で深みがなかった。 今日は駄目だという気がしたので、早々に引きあげてしまった。
 そして三度目つまり今月の一日に、私の予言通り島は動いた。 沼に着いて小一時間経ったころ、一つの島が動いているのを、私が視認した。 「おーい、島が動いているぞ!」  私は芋煮の準備をしている歌友達に、大声で報じた。
 私が見つけた時には、島はやや離れた所から、岸に向ってぐんぐん近づいていた。この島、沼の中では二、三番目に大きい島だが、三十分ほど前までは岸に着いていた。 一体どれ位躍り出たかわからないが、私が見つけた時は、五b位のところを後戻りしつつあった。そしてそれが岸辺に着くまでに、ものの二分とかからなかった。  浮島を三度訪れて、二度も島が動くのに出くわすのは、珍しいという。一行の中には、四、五回行って、島が動くのを見たのは、今日がはじめてだという人もいた。 その点、私は、たいへん効率のよい見方をしたことになるわけだ。しかも一度は一斉行動、一度は単独行動という対照的な動き方をみることができたのであるから、なおさらである。
 科学者は、この浮島の動くのを、沼の水の対流による現象と説明しており、それに違いあるまい。 島々がポート・レースのように動く際も、一つだけ動く際も、あたりに全く波を立てないことから見ても、水と共に動いていることがわかる。 また村人たちが年に一度島が葦生にくっついてしまわないように、島切りの行事をおこなうという話も聞いた。そういうことがわかっても、しかし神秘さは残る。 どうしてこの沼だけ、そのような著しい対流が起こるのかも不思議である。
 今度の場合も、そう離れていないところに幾つかの浮島があったのに、それらは岸から動こうとしなかった。 一つだけ何故動き出して、たちまち戻ってきたのか。−−このような現象に驚倒した古人が、これを神霊のなすわざと考え、ここが修験場になったのも、むペなるかなと思う。  ところで私にとって、今の関心事は、平安朝の悲運の歌人、藤原実方が、浮島を訪れたかどうかということである。 実方作とする短歌が二首伝えられているが、言い伝え通り実方の歌なのかどうか。はじめの頃は、これを作り話と見る気特が強かった。
しかし近頃、実方が源重之と共に山形県入りをし、最上峡を通ったことがほぼ間違いない事実であろうことを知るに及んで、浮島の伝説を見直す気特に傾きつつある。 二首の内一首は、浮島の歌とも思えないものであるが、それも旧さのあかしと見れば見られるであろう。 別当家の大行院あたりに、解決の手がかりになるような何かが残されていないであろうか。 以下 随筆集『馬の骨』 から『動く島 −朝日町浮島−』 昭和53年10月22日の作品
ということで、とやかくしていましたが、浮島に到着する前にコメントのネタは終わっちゃっていました。 かといって、画像と文章を編集し直すのは気力も体力も無く不可能なのでしたので、これにて了